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鎌倉殿の13人の御家人たち
大河ドラマ
「鎌倉殿の13人」
神回が終わり、
いよいよ佳境に入っていきますね。

鎌倉幕府三代将軍の源実朝公の
御首塚(みしるしづか)が
ひっそりと秦野の郷に
(東田原中丸遺跡)
実朝祭りがあるそうです。

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五輪塔
当初は木造り。33回忌に石造に
現在、実物は鎌倉市国宝館に
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実朝の御首(みしるし)は
公暁を討ち取った三浦氏の家来によってこの地に持ち込まれた。
実朝公の法号金剛寺殿にちなんだ
大聖山 金剛寺が、供養。
源実朝像が本堂に安置されている。
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このお寺の子孫は今も
金剛寺の住職を
なさっているとのこと。

この地を治めていた
波多野忠綱に供養を願い出て、
手厚く葬られた。

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波多野氏は、源頼朝に従って
相模国へ赴き、波多野(現在の秦野市)を本領とした
佐伯経範を祖としているとされる。
佐伯経範は、藤原秀郷の後裔
(妻が秀郷の子孫であったとも。)

これらは
「吾妻鏡」で諸家系図等によって明らかにされている。

河村秀清は、藤原秀郷の末胤。
相模国波多野庄の波多野遠義の子、
秀高が仙北町の川村に分流して
川村氏を名乗り、
川村秀高の子、千鶴丸は
のちに四郎秀清と称し、
平泉の戦功によって、
岩手郡と紫波郡の東部を
所領として賜っている。

そして、所領地
紫波郡の大萱、佐比内、江柄、
栃内、大巻、
岩手郡の玉山、日戸、渋民、下田、川口、沼宮内に
一族を配置している。

中世室町期に川村一族が
村名を姓として
玉山地方を支配した玉山氏、
日戸氏、下田氏。
渋民氏の宗家は、
丹沢山系、箱根山系に囲まれた
神奈川県の西部、
足柄上郡山北町川村にある。
河村氏の創始者、河村秀高は、
相模の丹沢山系の霊山、
大山の表参道口の
波多野遠義の次男として生まれ、
仙北町の川村に分地して
河村氏を称し
河村の祖となった。

(文献:姫神研究所 太田忠雄編著 姫神物語 玉山の歴史より)

歴史の妙、、、













by komura_biju | 2022-06-09 21:51 |  ● その他
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